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6話 オ・バ・ケ

 
「あぁああああ・・・!!!」
アユムはめいいっぱい声を上げながら、
走り出した!
とにかく、その場から遠ざかりたくて・・・
夕暮れのでこぼこ道を、ただただ走った。
(家まで・・・20分?
 いや・・・24分・・・)
アユムは頭の中で目算した。
アユムにとって、自分の家が一番安全な場所だった。
この時間なら両親も帰ってきているー・・

(ぜったいに帰ってやる・・・!!)


「はぁ・・・はあ・・・」
後ろを化け物が追ってきている気がした。
いや・・・、
気がするだけで
追ってきていないかもしれない。

(・・・・わからない・・・)

風と、草の音にまぎれてー・・

(・・・みんな帰ってしまったのだろうか)
あたりに、人は見当たらなかった。
道も草も木も、ぼんやりと乾いた黄色をしていて、
ジオラマのように味気無い。

アユムは、そんな無機質な道を走り抜ける。
水泳で生温くなった膝はぎこちないし、
腕は疲れて重かったけど、無理をして走るしかなかった。
(はやく走らないとだめだ。
 ・・・もっと、はやく・・・)
何にも捕まらないかも知れないけど、同時に、
何かに捕まるかも知れなかった。

(あれ・・・)
ふと、足元の感触がおかしい事に気付く。
下を見ると、地面がドロドロと溶けかけている。
(・・・う)
草むらの中に立つ地蔵がぐにゃりと歪む。
地蔵だけじゃない。
草も木も、小さい石すらも歪んで、
暗い黄土色の景色がビュウビュウと駆けた。

土ぼこりの道を、がむしゃらに進んでいくと、
小さくて白い建物が遠くに見えてくる。
(バス・・・停・・・!!)
アユムは、誰にも聞こえないように心の中で叫んだ。
バス停は、家と学校の中間地点で、
分かりやすくて見間違える事の無い目印だった。
きりきりとひねり掛けていた足が、急加速する!

バス停の後ろの雑木林を見やると、
ざわざわと風に音を立てている。

イスには誰も座っていない・・・。
煙草入れからは煙も何もたっていないし、
看板は錆びて、

看板は、錆びて・・・、
後ろから、黒い影が、

(・・・・・)
看板の後ろから、何かがのぞいた気がした。
アユムは、すぐに目をそらして、
足の動きを速める。
見つめたら、黒い中に目が現れてきそうで・・、
走らずにはいられなかった。

(化け物に追いかけられる理由も、
 ・・・化け物に捕まる理由も無いのに・・)
アユムは頭の中で考えながら、唇を震わせた。
なぜか、周りの景色が恐ろしかった。

「ぜえ・・はあ・・・!」

かすかな明かりが見える。

あの木の横を通り過ぎて、
丘をのぼれば家だ・・・。






トントントン

そこは、
明るい部屋。
アユムの母親が、包丁でネギを切りながら、
鼻歌を歌っている。
一方、アユムの父親は、雑誌を片手に座椅子でくつろいでいる。

「あれ?
 アユムはどうしたんだ?」
父親の言葉に、
母親はやれやれとため息をつく。
「あの子。
 すごい形相で帰ってきたと思ったら、
 二階に上がって、呼んでも来ないの」
「何かあったのかなあ」
と、父親。雑誌のページをめくりながら、首をかしげている。
母親はネギを鍋に落としながら、
2階のほうを見つめた。
「・・・変な子ね・・・」


ーガタガタガター・・

二階の窓が軋む音?

ーガタガタ・・・がたがたがた・・ー

・・・違う。
それは、自分が震える音。
アユムは、2階の暗闇の中で、膝を抱えてうずくまっていた。

ーガタガタガター・・

外は静まり返っている。
風も無くて虫も鳴かない、不思議な夜だった。

<2010/07/30 12:12:49> NO.9
キーワード:外伝1 ことつたえた日

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