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『ことつたえた日』とは?

『ことつたえた日』は、
『フェイク』に出てくるある人物の幼少期のお話です。

単体で楽しめるように書いているので、
『フェイク』を読んでいなくても大丈夫だと思います。

<2010/07/28 21:03:36> NO.1
キーワード:外伝1 ことつたえた日

0話 プロローグ


枕に・・・頭を預けて

窓の外を見ると・・・

風がごうごうとないている・・・。

ゆっくりと寝返り

へやの中をみると

とても沈んだ暗闇のなかに

一人の少年がみえた。

彼はときに笑い、ときに怒り、
いつも新しい遊びにむちゅうだった・・・。

遠く離れた故郷の・・、
遠く離れた日の自分が、
いつもそこにいるのだった。

 ・
 ・
 ・

風がごうごうとないている・・・ー

あたり一面に風が吹いていた。
雨も地面にたたきつけるように降っている。

「うわっぷ」

と、飛んでくる木の葉に顔をしかめつつ、
生ぬるい風を切るように、おれはあぜ道をひた走っていた。
傘は無く、ランドセルを頭の上に掲げて
雨をしのいでいる状態だ。

田んぼを脇に抜けて、
バス停を通り過ぎ、
赤いポストにさしかかると、
なだらかな丘がみえた。

ー・・・学校から家まではそう遠くはなかった・・・ー

緑の草が生いしげる丘の上に立っている家。
おれはそこに駆け込むと、
手馴れた様子でランドセルから鍵を取り出した。
この時間は父親も母親も働きに出かけているのだ。

濡れた手で玄関の扉を開けて、
靴を放り出す。
一直線にタタミの広間に行くと、
そのど真ん中にごろりと大の字になった。

「はあ~・・・」

と、深くため息をついて
天井を見る・・・。
そこは、昼間なのに天気のせいで少し薄暗い・・・。
振り返って開け放した戸の外を見ると、
風と雨が仕切り無く青い草をないで、
木の葉が空中を飛んでいく・・・。

外はあんなに騒がしいのに・・・
家の中はとても静かだった。
戸が開いているので風は少し入ってくるものの、
音はほとんど来ない。
風の音の代わりに聴こえるものといったら、
扇風機のカタカタとたよりなく回る音くらいだった。

濡れた灰色の髪を顔に貼りつけたまま、
大きな目を閉じる。

(親父もおふくろも夕方までは帰ってこないから、
 それまで寝るか・・・)

そう考えた数分後、
ぐっすりとねむりこんでしまった。
いつのまにか放り出したランドセルから
名前のにじんだ給食袋が飛び出しているのにも気づかずに・・・。

「給食当番1班:きりはら あゆむ」


<2010/07/18 18:03:56> NO.3
キーワード:外伝1 ことつたえた日

1話 夕方近く


「・・・アユム。
 起きて~~~!」
耳に残るこの声は
間違いなく母親のものだった。
「・・・すーすー」
と、おれはまだ寝ていたくて、
寝たふりを決め込むのだった。
「起きなさ~い!」
「!?
 ・・・うぶっ」
すぐに体をはげしくゆすられ、
しょうがなく目を開ける。
畳で寝ていたせいか、背中がぎこちない・・。
「まったく、
 この子はほんと寝起きがよくないんだから・・・」
と、母はため息をついて眉をひそめた。
母の名は霧原 実 (キリハラ ミノル)。
彼女はまだ仕事から帰ったばかりらしく、
スーツを着たままだった。
「親父は・・・?」
と、おれが背中をさすりながら尋ねると、
母はやわらかく笑ってこう言った。
「お父さんならもう帰ってきてるよ。
 外の天気が荒れてたから、
 土いじりがはかどらなかったみたい」
そしてくすくすと笑いながら
軽い足取りで部屋を出ていった。・・・まるで少女のように。

「おお~。
 アユム起きたんだ?」
・・・と、母の足取りの先で、
ここからは見えないけどキッチンのほうから、
父のはきはきとした声がする。
父の名は霧原 雅人 (キリハラ マサト)。
快活で陽気なおれの親父。
ふと、
さっき母が通った足取りをたどるように、
父の足音が近づいてきた・・・。
「やあ。
 おはよう」
と、彼はおれを見るなり
気の抜けた挨拶をした。
「外はまだ荒れてるの?」
と、おれが訊くと、
彼は笑って
「外に出るつもりか?」
とたずね返した。
よく見ると少し肩をすくめている。
・・・この様子だと、
外に出ないほうがいいらしい。
「外は強い風がふいてる。
 雨もすごいからびしょびしょになるよ」
と、おれの考えを裏付けるように、
父はびしょ濡れになった麦わら帽子を見せた。

今日のような近代化の時代なのに、
父は農業が好きで、いつも土をいじっていた。
また、
釣りや虫取りも好きで、
おれを連れてはときおり近くの小山に出かけたりもした。

「アユム~。
 にんじんの皮をむいてくれる?」
奥のキッチンから母の声がする。
「あ~。
 はいはい」
・・・・と、
おれが返事をする前に父が返事をして行ってしまった。

彼が部屋を去ってしまったので、
おれは一人取り残された。

ウーーーウゥーーーー

風の音がうるさい・・・。
外の木の葉が揺れる影が、
不気味に畳をはっていた。

「・・・。」

おれは、父の言葉が信じられないわけではなかったが、
自分で外に出て天気を確かめることにした・・・。
廊下を出てキッチンを何気なく通り過ぎて玄関に来ると、
靴ではなく、サンダルをひっかけて
そおっとドアを開ける。

「げっ」

ドアを開けてまもなく、
雨粒が顔を直撃した!
風も、さっきよりひどくなっている気がする・・。
おれは急いでドアを閉めて、
ため息をついた。

(・・・外には出れないか・・・)
なにより、
外は夜中のように暗かった・・。

しょうがないので、再びもと来た廊下にもどり、
ダイニングのテーブルに着く。
キッチンでは、相変わらず父親と母親が料理に奮闘していた。
あかるくて、
まぶしい部屋の中・・・。

窓の外は暗くて、
闇がうめいている・・・ウーウーと。

ー風はまだ一向にやまない・・・ー

<2010/07/18 18:07:36> NO.4
キーワード:外伝1 ことつたえた日

2話 ひときれー1ー

「ごちそうさま~」
と、アユムは椅子を蹴ってフローリングに着地した。
時間は7時を回っている。
外の嵐はまだおさまらない・・・。
晴れの日なら外で羽虫を採ったりできるけど、
今日はそういうわけにも行かなかった。
「2階にいってくる」
と、アユムは自分の食器を流しに放り投げると、
すばやくキッチンを後にした。
二階には自分の部屋があるのだ・・・。

きしむ階段をのぼり、自分の部屋のドアをあける。
電気をつけていない部屋は暗くて、
外の風で窓がガタガタとゆれる音がした・・・。
「・・・・」
どこかがいつもと違う、
自分の部屋・・・。

アユムはすぐさま電気をつけた。
というか、つけずには居られなかった。
「ふぅ・・・。
 なにしようかな」
おもむろに、散らかった床をあさる・・・。
部屋にあったものは、
輪投げの輪だけ、ジグソーパズルのピース、絵本、虫取り網、虫かご、
欠けたクレヨン、画用紙、ブロック積み木、空き瓶、テレビゲームのソフト、
コマ、懐中電灯、釣り道具、図鑑、自作標本、めんこ、おはじき、
などなど・・・。
机にはビー玉2個とロボットのプラモデルが光っている。
遊ぶものはたくさんあった。
(でも、なんかな・・・)
と、アユムはブロック積み木を手でもてあそびながら思案した。
今日は家で静かに遊ぶ気分ではないのだ。
もっとわくわくするような、
外で遊んだときに感じる緊張感みたいなのがほしかった。
・・・ふと、
隣の部屋のことが頭をよぎる。
家の二階にはアユムの部屋のほかに父の書斎があった。
ちょうど、アユムの部屋の隣に・・・。
(親父の部屋にでも行ってみるか・・・)
父の部屋には何度か行ったことがある・・・。
今、勝手に入っても怒られはしないはずだ。

(ここより暗いかもしれないし、
 床が古いからきしんだりするかもしれないけど、
 何も恐れることなどない・・・)

アユムは自分の部屋を一瞥してから、
やや重い腰をあげて立ち上がった。

<2010/07/18 18:13:53> NO.5
キーワード:外伝1 ことつたえた日

3話 ひときれー2ー


窓が、ガタガタとゆれている。

散乱する紙切れ。

机のうえを通る隙間風に吹かれて、
本の表紙がパタパタと音を立てている。

まちがいなく、
父の部屋だった・・・ー


「相変わらず、散らかってる・・・」
扉を開けるなり、
アユムは小さくため息をついた。
部屋の中はほぼ真っ暗で、
隙間風にたなびく紙の端だけが
テラテラと見え隠れしているのみだった。
それでもかなり散らかってるように見受けられる。
(明かりを・・・)
くもの巣がはっていそうな天井をアユムの手が舞う。
それらしいものをつかんで、ぐいっと下に引くと、
小さな豆電球がともった。
(む・・・)
とても小さい明かりなので、
部屋の端はひどく薄暗い。
逆に、光源の近くは不気味なくらい鮮やかで・・・。
かえって恐ろしいたたずまいを現したその部屋に、
アユムは眉をしかめた。

カタカタカタ

ふと、窓が軋む。

ヒョォォ・・・ヒュウ

窓のはしを風が通り抜ける。

「・・・・」

アユムは、無言で床をあさった。
床には、もとは机においてあったであろう書類が、
風によって散乱していたのだ。
(なにもかも・・・手をつけていないかのようだ)
と、アユムはこころの中でつぶやいた。
書類の表面には黒いインクでかかれたものや、
あかい添削が入ったものや、鉛筆で殴り書きされたものや、
ワープロの字で打ってあるものもあったが・・・。
それらは、すべて床に散乱していた。
「・・・」
そのひとつを手にとって見る。
「・・・なんだこれ」
紙の表面にはわけの分からない数式がならんでいる・・・。
普通の子供が見たら、
いかにも好奇心をかきたてられそうな文面だったが、
アユムはそれを横にほうった。
なぜなら、つまらなそうな字で書いてあったからである。
なにがつまらなそうかって、
父の、字の書き方が、だ。
これはきっと、父が学校に通っていたときの
覚書か何かであろうとアユムは推測した。
(次・・・)
と、アユムは床の書類にわずかに目を通したのみで、
机に視線を移した。
椅子によじのぼって、机の上に顔をよせる。
「・・・うん・・・?」
机のど真ん中に、メモ用紙が一切れあった。
その用紙は、何も書かれていないかのように白い。

ー窓が、目の前でガタガタとゆれる・・・ー

アユムはじっとメモ用紙をみつめた。
表面は茶色みがかっていて、
ずいぶん前のものだということがうかがえる・・・。
アユムは本格的に目をこらして、
メモ用紙を顔の前でひらひらと動かした。

ー風が、ヒュウヒュウと音をたてる・・・ー

紙の表面を見るには、
この部屋の明かりはあまりにたよりなかった。
(・・・もっと明るいところがいい)
アユムは再び、自分の部屋の方を見ると、
おぼろげに立ち上がった。

<2010/07/18 18:16:25> NO.6
キーワード:外伝1 ことつたえた日

4話 手にした秘密


アユムは自分の部屋に入るなり、
メモ用紙を目の前でひらひらさせた。
(・・あ・・)
と、しばらくもしないうちに、
テラテラと無機質に光るその表面に
わずかな鉛色の線が見えた・・・。
(鉛筆か・・・)
アユムはやや分かったような顔になって、
自分の机に移動した。
(鉛筆の粉は擦るとすぐにきえるから・・。
 きっと、他の紙と擦れて・・・)
父の書斎には多くの書類があった。
それに窓からの隙間風もあった・・・。
アユムはそんなことを考えながら、
机の電気をつけた。

ー風の音はもうしない・・ー

慎重にメモ用紙をながめていく・・・。

ー雨ももう止んだようだ・・ー

とても読み取れるものではなかったが、
それでもアユムは慎重に紙の表面を見ていった。

「がっ・・・こ・・・」

「・・う・・の」

「さんばんめ・・・の・・・さ」

「・・・る・・・」

いくらでも時間はあった・・・。
明かりに照らされている文字は非常に薄くて細かったが、
実のところそんなことは問題にならなかった。
要は・・・やる気と根気なのだ。

アユムはすべての文字を一通り眺め終えた後、
はじめから終わりまでをつないで読んだ。
「がっこうのさんばんめの
 さるすべりのきをのぞいてみて」
なぜか、すべて平仮名で書かれている上に殴り書きだったが、
ひとまずアユムはそのことを保留して、文面の言っていることに首をかしげた。
「学校の3番目のサルスベリの木を覗いてみて
 ・・・か」
学校と言うのはどこの学校か知らないが、
とりあえず、自分の通っている小学校にもサルスベリの木があることを思い出した。
(サルスベリの木・・・)
アユムはひらひらとメモ用紙をもてあそびながら、
イスをあとにした。
そして、再び父の書斎に入り、机の上にメモ用紙をもどした。
中身だけ分かればそれで用は済んだのだから。

「さてと・・・」
アユムは何事もなかったように、1階へと降りた。
のどを手でこすりながら冷蔵庫を開ける。
「お母さん、なにか飲み物無い?
 のどかわいた」

ー夜風はおだやかに流れていた。
 雲は静かにたなびいていた・・・ー

<2010/07/18 19:50:53> NO.7
キーワード:外伝1 ことつたえた日

5話 ゆうひ


「5列目入っていいぞ~!」
ドスのきいた教員の声が響く。

アユムは水泳帽に髪の毛を入れなおし、
水中眼鏡をさっと装着した。
今日は学校の水泳教室の日だった・・・。

今日は水泳日和で空は青々として、
太陽はカンカンに照っている。
(体がこげそうだ・・・)
アユムは、言われるまでもなく水に入ると
そのまま頭までもぐった。
「一人クロール5本!行ってこい!」
ひんやりとした青い光の中で
プールの壁を蹴った。


このあと、アユムは
しばらくクロールと平泳ぎを泳がされて、
ターンの練習をさせられて、自由時間に友達とじゃれて、
水泳教室が終わるころにはすっかり夕方になってしまっていた。

「じゃあ。また明日」
と、アユムは友達に別れを告げると、
着替えを水泳バッグにつめて、髪を拭きながら校庭に出た。
プールで冷えた体に太陽の光が暖かくて気持ちいい・・・。

「はあ・・・」
肩にのしかかる様な疲れにため息が漏れる。
アユムは、暗くなり始めた校庭をのろのろと歩くと、
校門のところで立ち止まった。
(・・・・疲れた・・・)
少しだけふりかえって、
プールのほうを見る・・・。
(・・・明日もか・・・)
アユムは、水泳は苦手なほうではないし、
嫌いなわけでもなかったのだが、
疲れるのは好きではなかった。
(・・・ねむい・・・)
アユムは半ば意識を朦朧とさせながら
おぼつかない足取りで校門をでた。

・・・ザワザワ・・・

(・・・・・・)
突然、何か音がしたと思って右のほうをみると、
そこには数本のサルスベリの木が植わっていた。
(ああ。
 そうか・・・)
アユムは今までの眠気が少し覚めるのを感じた。
(この学校にも、
 サルスベリの木があったんだった・・・)
アユムはサルスベリの木に近づきながら、
前の日の夜に見つけたメモの言葉を思い出した。

ーがっこうのさんばんめのさるすべりのきをのぞいてみて・・ー

(「さんばんめ」・・・)
どこから三番目なのかは分からなかったが、
とりあえず校門から一番目二番目と数えていった・・・。
「これかな・・・」
三番目と思われる木を撫でさすってみる。
土ぼこりにさらされているその木は、
サルスベリというだけあって滑らかだった。

・・・ざわざわ・・・

木の影が風に合わせてゆらゆらと地面をすべる。
(暗くなってきた・・・)
と、アユムは夕日を見て目を細めた。
(そろそろ、帰らないと)

途中で調べるのを止めるのはしゃくだったが、
しかたがなかった。
地面に置いていた水泳鞄をとって、
サルスベリの木に背を向ける。

と、その時。



バサ・・・バサバサ・・・

「・・・?」


後ろから、
布のたなびくような音が聞こえてくる・・・。
しかも、とても上のほうから・・・。

・・・ミシッ・・ミシッ・・・

続いて、木のしなる音。
夕日はもう沈みかけていた・・・。


バサバサ・・・ミシッミシッ・・・バサッ
ミシミシッ・・バサバサバサバサ・・ミシッ
バサバサバサ・・・

(・・・何か、生き物・・・?)
風に合わせて両方の音が絶えず聞こえてくる・・。
アユムは体を凍りつかせたまま、
振り返りたいような振り返りたくないような衝動にかられた。

(そっと・・・)

アユムは意を決して顔だけ振り返った。
ただ
その正体がしりたくて・・・。


ドクンッ


(ヒラヒラ・・・
 ・・布・・・)

アユムは声にならない言葉を唇で形作った。
空気だけがむなしく口を出入りする。

(・・・人・・・なんで・・
 ・・・木の・・上・・・・・・・)

心臓が速く波打った・・・。

木の枝の上に、
着物のようなものを着た人物が立っていたのだ。
うしろを向いて。


ビュウビュウ


風が地面を駆け抜けると、
その人物の着物もバサバサと音を立ててなびく。

「・・・ひっ・・・」

アユムは後ろに飛び退いた。
そして、

「ば・・・けもの・・・」

かろうじてそれだけが、
唇からとびだした。

ミシ・・・

アユムの声が聞こえたのか、
木の上の人物が、ゆっくりとこちらを振り向く・・・。


・・・その

顔にはー・・

真っ白の面がー・・・


「うあぁああああ!!!!」



<2010/07/18 19:52:06> NO.8
キーワード:外伝1 ことつたえた日

6話 オ・バ・ケ

 
「あぁああああ・・・!!!」
アユムはめいいっぱい声を上げながら、
走り出した!
とにかく、その場から遠ざかりたくて・・・
夕暮れのでこぼこ道を、ただただ走った。
(家まで・・・20分?
 いや・・・24分・・・)
アユムは頭の中で目算した。
アユムにとって、自分の家が一番安全な場所だった。
この時間なら両親も帰ってきているー・・

(ぜったいに帰ってやる・・・!!)


「はぁ・・・はあ・・・」
後ろを化け物が追ってきている気がした。
いや・・・、
気がするだけで
追ってきていないかもしれない。

(・・・・わからない・・・)

風と、草の音にまぎれてー・・

(・・・みんな帰ってしまったのだろうか)
あたりに、人は見当たらなかった。
道も草も木も、ぼんやりと乾いた黄色をしていて、
ジオラマのように味気無い。

アユムは、そんな無機質な道を走り抜ける。
水泳で生温くなった膝はぎこちないし、
腕は疲れて重かったけど、無理をして走るしかなかった。
(はやく走らないとだめだ。
 ・・・もっと、はやく・・・)
何にも捕まらないかも知れないけど、同時に、
何かに捕まるかも知れなかった。

(あれ・・・)
ふと、足元の感触がおかしい事に気付く。
下を見ると、地面がドロドロと溶けかけている。
(・・・う)
草むらの中に立つ地蔵がぐにゃりと歪む。
地蔵だけじゃない。
草も木も、小さい石すらも歪んで、
暗い黄土色の景色がビュウビュウと駆けた。

土ぼこりの道を、がむしゃらに進んでいくと、
小さくて白い建物が遠くに見えてくる。
(バス・・・停・・・!!)
アユムは、誰にも聞こえないように心の中で叫んだ。
バス停は、家と学校の中間地点で、
分かりやすくて見間違える事の無い目印だった。
きりきりとひねり掛けていた足が、急加速する!

バス停の後ろの雑木林を見やると、
ざわざわと風に音を立てている。

イスには誰も座っていない・・・。
煙草入れからは煙も何もたっていないし、
看板は錆びて、

看板は、錆びて・・・、
後ろから、黒い影が、

(・・・・・)
看板の後ろから、何かがのぞいた気がした。
アユムは、すぐに目をそらして、
足の動きを速める。
見つめたら、黒い中に目が現れてきそうで・・、
走らずにはいられなかった。

(化け物に追いかけられる理由も、
 ・・・化け物に捕まる理由も無いのに・・)
アユムは頭の中で考えながら、唇を震わせた。
なぜか、周りの景色が恐ろしかった。

「ぜえ・・はあ・・・!」

かすかな明かりが見える。

あの木の横を通り過ぎて、
丘をのぼれば家だ・・・。






トントントン

そこは、
明るい部屋。
アユムの母親が、包丁でネギを切りながら、
鼻歌を歌っている。
一方、アユムの父親は、雑誌を片手に座椅子でくつろいでいる。

「あれ?
 アユムはどうしたんだ?」
父親の言葉に、
母親はやれやれとため息をつく。
「あの子。
 すごい形相で帰ってきたと思ったら、
 二階に上がって、呼んでも来ないの」
「何かあったのかなあ」
と、父親。雑誌のページをめくりながら、首をかしげている。
母親はネギを鍋に落としながら、
2階のほうを見つめた。
「・・・変な子ね・・・」


ーガタガタガター・・

二階の窓が軋む音?

ーガタガタ・・・がたがたがた・・ー

・・・違う。
それは、自分が震える音。
アユムは、2階の暗闇の中で、膝を抱えてうずくまっていた。

ーガタガタガター・・

外は静まり返っている。
風も無くて虫も鳴かない、不思議な夜だった。

<2010/07/30 12:12:49> NO.9
キーワード:外伝1 ことつたえた日

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